そのままでは暮らせない

 高齢者になると意外なことにコストがかかる。転倒防止の手すりや滑り止めなどは多くの人が思いつくであろう。しかし、細かいことにも気を配る必要がある。
 前にも書いた補聴器の紛失防止ワイヤー、コンセントが飛び出さないためのプラグ、テレビの音を聞くためのブルートゥースイヤホンとトランスミッター、食べやすい介護スプーン、脱着しやすい下着や靴、使いやすいバッグ、片手で蓋が空く水筒、診察券予約券入れなど、大した金額ではないが、ジャストミートなものを探すのが大変なのである。
 そして今回、変更しようと思っているのがトイレの手洗い場の蛇口である。閉め忘れで水が何時間も流れっぱなしになることが多くなった。いくら注意しても、張り紙をしても効果はなく、物理的に自動水栓にして止めることを考えたのである。今は工務店に相談中である。まあ、蛇口を変えるとなると、また揉めそうである。「自分はちゃんと止めている」と言い張るからである。手洗い場の水は少なめに流れるため音があまりしないので、私もいつかは忘れるかもしれない。自動水栓にしておくことは予防でもある。
 耳が遠い老親は、電話の隣にいてもインターフォンの側にいても鳴っているのがわからない。そのくらいのことは諦めがつくが、困るのは警告音が聞こえないことである。ガスがつけっぱなしでも、電子レンジに入れっぱなしでも、お湯の沸騰でも警告音が鳴るが、全く聞こえていない。それどころか車のクラクション、あぶないという人の声も雑音でしかない。防ぎようのないことが結構多いのである。
 重要な話は、筆談やスマホの音声認識でなんとか伝えることができても、老親は、自分だけで咄嗟の出来事に対応できなくなっていく。これが現実なんだなあ、と最近しみじみ思う。

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