旅行に出ると、その目的の一つに食べ物がある。現地の名産を口にしたいと誰しも思うだろう。折角来たのだからと少々お高くても、財布の紐は緩むのである。
考えてみれば、若い時のように何でもガツガツは食べられなくなっていて、いろいろ計画しても1日1つが限度である。美味しいものを少しでいいと思うのと同時に、まずいものを食べている場合じゃあないとも思う。そこの時間の掛け方というか、胃袋に入れる頻度というか、無駄にはできないのである。
ああ、美味しかったという満ち足りた時間が大切なのである。そういうものは記憶に残るし、良い思い出となる。人によっては観光より、腹に入れた食べ物の思い出が深く、詳細に旅程を覚えていたりする。
旅に出るためには1に体力、2にお金である。お金があっても健康でなければ旅立てないし、自分の気ままに過ごせない。 誰しも年を取って、活動の範囲は間違いなく小さくなっていく。「執着のない軽やかさ」をいつでも旅立てることの一つに女性エッセイストが挙げていた。そこには同時に「必要のないものを捨て去る潔さ」も加えられていたように思う。
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