生活の番人

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 何もしたくないという日が誰にでもないだろうか。私の場合は無気力日が多いような気がするが、そういう人間に限って安息日は訪れない。
 また、何をしても虚しい日はないだろうか。私の場合、今は突入気味である。生活のルーチンに全く覇気がなく、ロボットのようにこなしているだけである。
 なぜこんなことが起きるのか、たぶん人と関わらないからかもしれない。老親と暮らすと8割は通じない。2割は必須の連絡となる。いつ病院にいくとか、誰が来るとか、何を買ってくるとか、会話は伝達事項となるのだ。寒くなったとか、今日は天気がいいとか、こんなことをニュースで聞いたと話してもほとんど通じない。ボケているわけではないが、耳が遠いのと会話のキャッチボールができないのである。しかも伝達事項は何度も繰り返すことになる。
 またいつも老親の行動を気にかけることになる。寝ている。庭に出た。風呂にはいった。トイレに入った。と気が休まらないし、こちらが何かをやっているときに中断させられることも多い。そのうちにしゃべるのも億劫になる。 もっと過酷な介護をやっている人からみれば、単なる愚痴になっているだろう。しかし逃げ場のない生活がここにある。どう是正すればいいか今はそれを考えている。

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