国家に従属し生活するのであれば、社会的手続きは必須であるが、年々過酷に思えてくる。過酷、イコール不利イコール、ハイリスクである。
昔、負け犬女子の話があったが、すべてはここ社会的手続きに通ずるように思う。しかし今どきは、負け犬は少なく、ダブルインカムツーキッズでバリバリ働いている女子はたくさんいる。
前世代の申し子のように生きている者としては、年金、保険、不動産、税金などの社会的手続きは複雑で非情であると感じている。
だからこの仕組みを良く知るものがこの世界を制するのであるが、一般的事象を把握したところで、例外的に生きているので、詳細を知らねばなんにもならないのである。
そうなるとボケている場合ではないし、身体の調子が悪くて出かけられないなどと言っている場合ではない。ある意味、この非情さが健康を促しているかもしれない。
とはいうものの、「これで合っているのだろうか」と不安もいつも付きまとう。これには「自分がやることだから間違っているかも」と諦めも必須である。
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