「映える」という言い方にあまりなじみがないが、当方の場合、写真は出来映えより記録といった方が適している。
旅行先の風光明媚な場所で記念写真を撮ることがある。海外旅行に行った当初はやたらと写真を撮った。今見るとフィルム写真なので色が抜けてはいるものの、どこに誰といった程度はわかる。そこが名所であれば、背景が現在でも変わらないので、若かった自分が写真から浮き上がり、今がげんなりしてしまう。
ところが何気ない日常を背景としている家庭内写真などは、今ではない掛け時計や家具や置物に目が向く。その当時にマッチした自分がいることに嘆いたりはしない。
そうなると変わらない背景(歴史的遺産のような)は自分が定点観測されるということになる。5年、10年と同じ場所で撮ったならば、老いの進化が見られるかもしれない。
カメラもアングルも適当で、うまく撮ろうとか一切考えず、とりあえずピンボケしない程度を目指す当方にダサい写真が多いことをお許しください。「映え」ないな。(^^;)
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